17 タンジェリンシーン・マンデー



 彼女の小旅行が4日後に迫った。服や小物などの準備に余念がない姿が私の瞳孔をせわしなく刺激する。
「ふんふーん」と彼女。
「ふん・ん・が・ござげっ」とマルス。どうやらわくわくしているようだ。

「この日のためにね、買ってみたんだ」
 今日何度目かのファッションショーを経て、ついに彼女はとっておきの披露に入ったようだった。

「どう、これ」
 それは明るめの橙色をしたワンピースだった。カタカナでは何と表現するのだろう。私は色の名称に明るくないので困ってしまった。ハワイアンブルーくらいしか知らない。濃い緑はビリジアンだったか、ビジリアンだったか・・・まてよ、ベジタリアンでもまぁまぁ濃い緑色なような気がする。

「うん、いいね。かわいい・・・紅葉色だ」
「でっしょー」

 少し渋すぎる表現かと思ったが、彼女には好評だったようだ。我ながら上手いこと言ったもんである。

「そしてなんと」彼女が紙袋から何か取り出す。
「おそろいなのです」

 マルスが紅葉色に染まった。

「おお・・・」
 生まれたての子猫が紅葉色のワンピースを着ているこの愛くるしさを私はどう表現したら良いのであろうか。すでに紅葉色という単語がこの愛くるしさを阻害している。ふさわしい名称を見出すことのできない私は窓から差し込む小春日和に地団駄を踏んだ。


 40分後、私は件の古本屋で『色色大辞典』を購入し、狂おしいほどの明るい橙色をしたマルスにふさわしい色彩名を探し出した。

「・・・これだ。タンジェリンシーン」

 タンジェリンシーン。なんとも魅惑的な響きだ。ボンゴリー・トップ・ジーマン博士と親交の深かったジェノバ生まれの映画監督であるロッサ・ルチアーノ氏の遺作にして最高傑作と呼ばれる恋愛映画『シーン』とも名前が似ている。『シーン』とは主人公である女性の名で、彼女が亡き恋人を想い一人夕闇に溶ける教会でダンスを舞うラストシーンはあまりにも有名である。また、その演出がボンゴリー博士のアドバイスによって完成されたものであることもファンの間では常識となっている。相変わらず博士はにくい演出家である。

「タンジェリン・シーン。タンジェリンを情動のまま舞え、シーンよ」
「タンジェリンって踊りの名前じゃないと思うけどね」
 彼女は私がタンジェリンとタンバリンを混ぜこぜにイメージしているのを見抜いているようだった。









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