8 国際法の闇
「うーん、そうだねぇ」
彼女は途中から飽きてしまったのか、仰向けに寝転がると、マルスをたかいたかいしてあそんでいた。どうやら、ユード博士の話辺りから聞いてもらっていないようだ。
しかし私は1人で話を続けた。
「でも、気になることがある」
ユード博士のマルス宇宙人説は「一般的な園児ほどの大きさで生まれたての子猫のような可愛げをもった宇宙人が地球人のペットになるためだけにわが星に降り立った」という内容である。
「これは人類に危害を加えるものではないと言ってるようなもんだ。それがなぜ・・・」
もしや、今回の国際法施行には経済と軍事を牛耳るアメリカ合衆国が強く絡んでいるのか。アメリカが、マルスによる平和的社会の訪れを拒んでいるのではないだろうか。
「資本主義に投入されるマルス・・・下手すればマルスの軍事利用・・・
そんなことをユード博士は許したっていうのかっ」
私は憤慨した。
以前新聞にユード博士のインタビュー記事が掲載されていたが、そのとき博士の自宅の写真にはマルスが写っていた。国際法施行前のことで、博士自ら「うちのマルスは目覚めています」と発言していた。「あまりの可愛さに研究する手が長期休暇に陥ってしまっている」という博士の意外な一面に、学術的な主張に納得できない部分はあれど、マルスを愛する気持ちに対して深い共感を抱いたものである。
法の施行はそのわずか一ヵ月後のことであった。
「あのときのマルス・・・どうしたんだ。罰したっていうのかっ。博士自身はなぜ罰されないんだっ」
今にも壁に殴りかかろうとしている私の元に、寝入ってしまったマルスを隣の部屋に移しに行った彼女が戻ってきた。
「まぁまぁ。何怒ってんのかしらないけど」
「何にって。マルス保護法に怒ってるに決まってる」
「保護法ねぇ・・・」
彼女はため息をつきながら、仕事机の隅に無造作に放られた紙切れを手に取った。先月の新聞の切り抜き。マルス保護法の詳細について書かれた記事だ。
「難しいこと全然わっかんないけど・・・って
え、え、これ。
ねぇこれっ」
記事を両手でしっかりと掴み、保護法の文を大きく見開いた目で捉え、小さく震える彼女。そのただ事で無さに私は一瞬躊躇したが、息を飲んで「どうしたの」と聞いた。
「こっ・・・これ。これ見てっ」
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