11 木漏れ日に 塗り固められた 嘘の壁



 全世界の未来を大きく揺るがした「SDS(セルフィッシュなデルセルスの衝撃)」から一夜明け、ユード・ダ・デルセルス博士は新たな研究のために我が家の向かいの一軒家に越して来た。

 彼女は数日前から自身の発見により引き起こされた一連の報道にひどく興奮しており、まして自身の発見により引き摺り下ろしたユード博士本人が目の前に引越しそばを持って登場しようものなら、その興奮は尋常ならぬものであった。

「ユード博士ですよね。私、専門誌であなたの研究に良く目を通させていただいておりました。今回のことは残念ではありましたが、その研究熱心な心やマルスを溺愛する気持ちは共感するものがあります。ぜひこの宇部市を新たなご活躍の第一歩として」

「ただいまー。あれ、何してんの」

「予行練習」

「なんの」

「ユード博士が新たな研究のために我が家の向かいの一軒家に越して来て目の前に引越しそばを持って登場したときの」

「晩御飯、そばでいいかな」

「引越しのかい」

「ううん、安売りの」

 ところでマルスは、1時間ほど前に外へ飛び出したきりまだ帰ってきていない。
 彼女が買い物に出たのは消費期限切れ直前のそばを買うのが目的ではなく、マルスを探すためである。しかし彼女は自身の狼狽ぶりを私に見せることを嫌い、「思春期かなんかじゃない。お腹が空いたら帰ってくるでしょ」などとうそぶきながらそれとなく捜索に出たのである。

「マルスはいたかい」

「ううん、見てないけど。まだ帰ってきてないの」

「あぁ。君もさぞや心配だろう」

「そうねー。このままだとあなたの行動がおかしくなっていく一方だから、確かに心配」

 私はそんな彼女に「そんなこと言って。隠す必要はないんだよ」と肩を叩きながら静かに語りかけるべきかどうか悩んでいたが、それによって生じる彼女の涙によって目下茹でられているそばの味が切なく塩辛くなる事態は好ましくないと判断し胸の内に収めた。

 そのときである。ドアがゴツゴツ、と鳴った。

「あ。おかえりー」
 彼女は静かにドアを開けると、淡々とした口調で小さく愛くるしい生き物を迎え入れた。

「マルス」
 私は情熱的に抱きしめた。この方が彼女がより感情を表に出すことができると考えてのことだ。

「一緒に食べよう。ボンゴリー・トップ・ジーマン博士の研究をもとに作られた誰にもアレルギーを発症させない有機栽培の最高峰たるこのそばを一緒に食べよう」

 私はマルスをひっしと抱く一方で、横目で彼女の方を見た。彼女は私には見えないようにしていたが、木漏れ日の朝小さな名も無き野花の葉についた露を一、二滴、そばの隠し味に使用しているようだった。

「はいはいできたよー。ってあなた、何泣いてんのっ」









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