12 近似値の比較に見える選択肢の傾倒



 ユード・ダ・デルセルス博士が近所に本当に引っ越してきてしまったのは、それから3日後のことであった。

「ぎょ」

 とは、ドアを開けた先に引越しそばを抱えたユード博士が立っていたときの、彼女の第一声である。そばはユード博士が研究し作り上げたアレルギーを発症させない有機栽培のそばだったが、私はボンゴリー・トップ・ジーマン博士作のそばの方がコシが強く好みの味なので少々困ってしまった。

 ボンゴリー博士のそばはボンゴリー農法と呼ばれる手法によって農業革命を起こしたそば界の革命児で、通称を「ボンゴリーそば」という。彼女が消費期限切れ直前の安売りでしか手を出さないその価格設定にこそ問題あれどやがては国内のそばスタンダードになると専門家に評される天上の食麺なのである。

 それと比較するとユード博士のユード農法によって作られた「ユードそば」は日本食の代表的存在でありながら欧米ナイズされた味つけになっており、コシも弱い。価格がボンゴリーそばよりも若干低めに設定されているにも関わらず今ひとつヒットしていない理由は十二分に理解できるのだ。

 しかして国外ではユードそばが優勢かと言うと決してそうではなく、各国の日本街でボンゴリーそばが受け入れられるばかりか、どの国の人々もボンゴリーそばを好んで食すのである。ボンゴリーそばのグローバリゼーションなその味は今、そば界の流通革命をも起こしつつある。

「まぁ、つゆと薬味でいくらでも味変わるから、私は何でもいいんだけどね」
 彼女がそばを冷水で洗い流しながら言う。

「じゃぁマルスにどっちが好きか聞いてみようじゃないか」

 「面白そう」と私の提案に快く賛同した彼女は、さっさとそばをざるごと持ってくると、ボンゴリーそばの時と同様、刻んだネギと、ごまと、七味唐辛子と、卵を用意した。

「さぁマルス、こないだのとどっちがおいしいかな」
 私が箸でつまんだそばをマルスの口に運んだ。マルスはすんすんと臭いを確かめた後、ゆっくりとそばを口に含んだ。

「・・・どうなんだろう」
 彼女が楽しそうにマルスの咀嚼を見つめる。ユード博士とボンゴリー博士に関しては、通常ならばボンゴリー博士の研究結果がイニシアティブを取ってきたわけだが、ことマルス愛においては、ユード博士の心中には決して見くびることのできない深淵なるものが存在するような気がする。SDSの結果として宇宙人由来説は不確かなものに戻ったわけだが、仮にユードそばが実はマルスの味覚に沿って作られたものであるとして、今回もSDS同様にそれを否定するような結果になるかどうかは、定かではないのだ。

「これは そばで・・・」

「ござげげっ」

「それじゃわかんないでしょっ」

「ま、まぁまぁ」


 結論としては、今ユードそばを食べただけではマルスの胸中を察することはできず、また後日ボンゴリーそばが安売りされているときに両者同時に食すことで改めて考察しようということになった。









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送