13 始まりの地と疑問のピラミッド、その頂点
西欧のコパロール・テンダムという国でウミウシサイズのマルスが大量に発見され問題になっている。というニュースを朝見たわけだが、これを見た我が家のマルスが大変なことになった。
「しらぬ、ぞんぜぬっ」
何を聞いているわけでもないのに、そんなことを
「しらぬ、ぞんぜ、ぬっ」
5分に1度は発するようになってしまった。
「これは・・・うるさいね」
「あ、私、大学時代の友だちと一緒に旅行の計画を立てるので出かけます」
「えぁっ」
それが、午前中に見た彼女の最後の姿だった。
旅行の計画の真偽はさておいて、マルスをどうにかしないことにはこの声を聞きつけて我が家にもウミウシサイズのマルスが大量に出現しかねない。そもそもウミウシサイズという表現が気に入らない。コパロール・テンダムでは定規代わりにウミウシを使用しているのだろうか。
「コパロール・テンダムは、ボンゴリー・トップ・ジーマンの祖国だ」
ドアをこじ開けて入ってきたユード・ダ・デルセルス博士がそう言った。こちらとしては、不精ひげをあごに蓄えた初老の男性が息も絶え絶えに部屋の中に入って来られると大変迷惑なわけで、まずはその右手に握られたピッキングに使用したと思われる針金を取り上げて燃えないゴミ袋に捨てた。
問題を整理しよう。
★ 経済的観点から考えられる、ウミウシによる測量を国際標準にしようともくろむコパロール政府の思惑について
★ コパロール・デンダムにおけるウミウシ大マルスの大量発生について
★ 大量発生のニュースを見た我が家のマルスの変容について
★ 変容における「しらぬ、ぞんぜぬっ」という謎のメッセージについて
★ コパロール・テンダムにおけるボンゴリー博士の出生の秘密について
★ ユード博士の怪しげな風貌について
★ 下手くそなピッキングにより破壊された我が家のドアノブについて
★ ユード博士が我が家に襲来した理由について
★ いつもなら率先してマルスをなだめにかかる彼女が今日に限って颯爽と出かけてしまったことについて
★ 彼女の出かけた先について
「山積みだな・・・」
「たっだいまー。ねぇ聞いて・・・あら。ユードおじさん。・・・ユ、ユーじさん」
正午、突然の彼女の帰宅は、ユード博士をあっという間にユーじさんに進化させた。おかげでユード博士は恐縮してすっかりおとなしくなってしまった。そもそも何を目的にそんなに息巻いて我が家に訪れたのか定かではなかったわけだが。
さらに、
「でね。友だちと旅行代理店に行ったら、開店10年祝いのくじ引きやってて・・・っていうか、半分はそれ目当てだったんだけど。それでね、当たったの」
彼女の満面のしてやったり笑みと小さな、けれど確かなガッツポーズを見て、私は思わず叫んだ。
「コパロール・テンダム行きをっ」
「わ、我輩も連れて行ってくれまいか」
なぜかユード博士が話題に乗ってきた。
「あなたは研究費用で行けるでしょう」
「あの一件以降、費用は底をつき、スポンサーも遠のいてしまってな」
「だからって。そもそもあなたなんでうちに来たんですか」
「君も分かっているだろう。今回の事件は3つのキーワードで繋がりつつあることを。君はその謎を解きたがっている。そして、我輩はそんな君に協力することができる」
そうだ。今日午前中の事件は3つのキーワードで構成されている。
コパロール・テンダム
ボンゴリー・トップ・ジーマン
しらぬ、ぞんぜぬ
だ。
我が家のマルスの謎を解く・・・というかこの症状を確実に止めるには、コパロールへ現地入りすること、ボンゴリー博士に直接会うこと、そして我が家のマルスをそこへ連れて行くことがポイントになっているのは間違いない。ウミウシだって現地入りしなければ話にならない。もしかしたらウミウシ料理を食べることになるかもしれない。そのときはそのときだ。
「1つ、ヒントをあげよう。しらぬ、ぞんぜぬは・・・恐らく『シレーヌ、ゾンジーネ』のことだ。・・・彼の・・・ボンゴリーの、2人の姉の名だ」
そんなバカな。
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