2 ゲ領域と不可侵領域



 階段を上がる音がする。近頃やっと他の住人と彼女の足音の判別ができるようになった。これは彼女の音だ。音階で表すと「ド・ソ・ミ・ド・ゲ・ゲ・ゲ」と言った感じだろうか。

 「ゲ」は正確には「ゲ領域」と言う。先日の世界音符学会でボンゴリー・トップ・ジーマン博士が発表した新たな領域占有音階だ。これまでの五線の特定箇所を占有する音階とはまったく異なる存在である。まだあまり一般的ではないが私はこれを大変支持している。図解するならば、



ゲ領域について


 このような感じだ。一見しても分かるように、ほとんどの音階はゲ領域の影響を強く受けている。影響を受けていないのは「ソ」と「ラ」だけである。『ソラは、何物にも侵されることのない、すがすがしい青を抱く神の住まう世界である』というボンゴリー博士の詩的な発言には感服せざるをえない。

 文意を注意深く汲み取れば、その他の音階はゲ領域に侵されていると読める。足元から這いずり上がってくるゲの触手がその全てを包み込んだとき、その音階はゲになるのだ。ゲは、聞く者にマイナスイメージを与える象徴たりえると言えよう。


「ただいまー」
 彼女が玄関のドアを開けた。その先の部屋で、私は身構える。

 ゲ・ゲ・ゲと足音。勢いよく部屋のドアが開けられる。

「ちょっと、何で晩御飯の仕度が全然できてないのっ」

「ゲゲッ」

 心の準備をしていたものの、予想を上回る彼女の形相によって、私はゲ領域に全身を包まれた。


 なだめるのに3分ほど要した。
 もちろんゲ領域の説明もしたが、それはどうやら逆効果だったようで、さらに4分ほどの時間を費やすことになった。

 人間、自分の行動を数値化、記号化されるのはやはり気分の悪いものだということであろう。





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