6 国際法から見るマルス



「ぼくは ぬえで ござげげっ」

 マルスが望ましくない教育を受けている現状に危機感を抱いた私と彼女は、夕食をとり終えた後一度話を整理することにした。

「親権は私たちにあるのよね」
 彼女は権利の話から入ろうとしたが、

「マルスって子どもじゃないんじゃないか。そもそも、人間じゃない。オスかメスか、子どもか大人かもわからない生物だよ。親権なんて考えるのは尚早じゃないか」
 私はマルスがクマムシ由来の新生物であることから、その生態的特徴を見極めた上でどのような対策を取るべきか考えるべきだと主張した。

「だって。こないだ法律で決まったじゃない」

【マルス保護法】
 それくらい私も知っている。
 マルス保護法は、先月全世界一斉に施行された、最も新しく、最も今後に影響を及ぼす可能性のある国際法である。





 この後に続くのは、保護者としてのマルスの「飼い方」である。
【マルスは権利の上でペット以上、人未満とする】などと定義し、【マルスと共生する場合、その人間には親権が発生する】などと親権について続き、【容姿や行動など、マルスによって引き起こされた犯罪について、親権を持つ者とマルスは罰せられる】などとその責任について書き連ね、最後に【マルスを、教育や芸術鑑賞などによって目覚めさせてはならない】などと「目覚め」を禁止している。

 もちろんこれらには理由があり、無秩序にマルスが一般大衆に入り込んでいた施行以前、ペットか人権を有するかで各地で大議論が起きたり、共生に飽きた人間による捨てマルスが増加したり、マルスの生まれたての子猫のような愛くるしさやクリプトビオシスぶっている最中の圧倒的な気持ち悪さに心惑わされ罪を犯す者が頻出したりしていた。
 しかし、この国際法が最も恐れているのは上記などの社会秩序の混乱ではなく、やはり「目覚め」だろう。「目覚め」とは、何らかの刺激によって知性が知識を取得するスピードが急速に高まることである。分かりやすく言うならば、マルスが人間の言語を理解するようになる、ということだ。
 それは、もしかしたら…地球上に人間以上の知的生命体を創り上げてしまうことになるのかもしれない。それがこの国際法が最も危惧している事態なのだ。


「うぅん・・・でも、ねぇ」

「本当に、人類の平和を乱すほどの生き物になるのかな」
 彼女がマルスの膨らんだほほを人差し指でつつきながら言う。


「おひつ はなにら ゆばちゃづけ」
 私と彼女の顔は、困ったような微笑んでいるような半端な表情になった。





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